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印南町の歴史
〜文化〜

鰹節のルーツ

n印南町は、日本の食卓には欠かせない鰹節の発祥の地である。
nくは天子の食前にも供されていたというが、当然、干し魚で堅かった。
そのため、堅魚と書いていたのだが、やがて本来はウナギなどを指すらしい鰹の字を借用するようになった。
n鰹節は、1672年代に、印南町の漁民である二代目角屋勘太郎が鰹節の画期的な製造法を考案した。それは、「燻乾かび付け法」と言い火力で鰹を乾燥さし、青カビを付け日光乾燥を繰り返す手法だ。これにより、鰹節特有の風味を出す事に成功した。そして、勘太郎は『土佐節の祖』と呼ばれ、鰹漁と「燻乾かび付け法」は繁栄を極めたという。
nしかし、現在の印南町では鰹節は製造されていないが、鰹節の製造方法は、平成の世となった今も、昔と大きく変わる事もなく現在に伝えられている。

←鰹節製造に使われた包丁