診察室にて(雑感)

1.「注射様々」

  診察室入ってくる度に「今日は注射ないね」と念を押して入ってくる男の子がいます。そのたびに「今日は注射はしないよ」と安心させ診察に入ります。このように小さい子にとっては注射は恐怖の最たるものでしょう。
 注射に対する反応も年齢によって違っています。6ヶ月頃の赤ちゃんは注射をするまでは何もないのですが注射の後で泣き出す子、平気な子など様々です。8ヶ月ぐらいになると前の注射の記憶があるのか私の顔を見た途端にいやな顔をしたり泣き出す子がでてきます。本当は逃げ出したいのでしょうがお母さんに抱きしめられているので仕方なく注射をされてしまいます。

 これが1歳6ヶ月頃になって歩けるようになり自分の力でその場を逃れる実力が付くと、お母さん振り解いて逃げようとしますがまだお母さんの実力には負けて泣きながら注射を受ける羽目になります。
 3歳ぐらいになると事情が理解できる子は比較的おとなしく注射をさせてくれる子がいます。一方、嫌がる子もいます。このような子に力ずくで注射をしますとこの後が大変で、母親に裏切られた腹立たしさからか、しばらくの間待合室で母と子の激しいやりとりが行われ、怒りの泣き声がしばらく続き、次第に泣き声が弱くなって自分の意志に反して注射を無理やりにされたという無念の感情が残るのか悲しい泣き声に変わって行きます。壁越しにこんな状況を聞くと注射をしたものにとってはやりきれない感情が襲ってきます。この年齢の注射が一番辛く母と子の絆を裂く行為のようです。やはり注射についてうそを付かずに十分に理解させておいてほしいものです。 
 
 小学校の生徒はほとんどが問題なく注射を受けますが、中には注射の痛さが自分の中でどんどん大きく膨らんで恐怖感が先に立ち,どうしても注射を受ける気になれない子もいます。この年齢になると親の実力と拮抗しますので無理やりに行うことは不可能です。時間をかけて説得にかかります。注射針の大きさを色々見せて「一番細い針でするから痛みはほとんど感じないよ」とか「針のはいる瞬間だけ痛いが後は大丈夫。絶対にうそはつかないから」など何回も説得を繰り返します。本人の納得が得られないとこの年齢では注射は無理です。説得に30分から1時間もかかることもあります。説得の甲斐あって注射を済ますと「全然痛くなかった。」という子の方が多いのですが、「やっぱり痛かった。」と言う子もいます。こんな風に納得と信頼関係ができるとその後注射は問題なく行うことが出来ます。
 一般に不活化ワクチン(三種混合、日本脳炎、インフルエンザ)は痛く、生ワクチン(麻しん、風しん、。おたふくかぜ、水痘)は痛みが少ないようです。自分の経験でもインフルエンザワクチンでもメーカーによって痛みの程度が違います。メーカーには痛みの少ないワクチンを作ってくれるようにずっと頼んでいるのですが、それに答えてくれるメーカーは今のところありません。痛くないワクチンを宣伝文句にすれば他のメーカーものよりきっと多く使われる思うのですが。こんなことを考えながら今日もワクチンを奨めています。


2.テレビ出演


 診察室に入ってくるなり「先生テレビに出てたね。」と子どもの患者さんに言われ、その後もお母さん方から「先生見ましたよ」と冷やかされる羽目になりました。やむなくことの顛末を白状しなけれならなくなりました。
 事のはじめは、大学の小児科医局時代からご指導していただいていた先生が病気で入院され、急にテレビ出演の話が回ってきました。元々人前で話すのは苦手な方でできればお断りしたかったのですがお世話になった先生の代理なので断ることもできず引き受けてしまいました。
 この番組は和歌山県教育委員会の企画提供で和歌山テレビが制作・放送するもので、テレビ育児相談「健やか子育て」というシリーズもの日曜日の朝9時30分と水曜日の朝8時45分から15分間放映されるものです。
 自分で話す内容を企画できるというのでこれなら何とかなるだろうと思っていましたが、当日ドーランを塗りメイクを済ませて、いざ録画撮りになると収録時間の13分にまとめなくてはならず、一回目は3分オーバー、2回目は2分不足となかなかうまく行きませんでした。録画中に手を回して「早く」とか両手を広げて「ゆっくり」とか、その中に「もう少し顔を上げて」とか「司会のアナウンサーの方をみて話して下さい」とか注文がでますしなかなか大変な仕事でした。
 1回目は「アレルギーについて」という題で無我夢中で収録を終えました。その後で再生ビデオを見たのですが、無表情で自分で思っているより年のとった顔に驚き、目線に落ち着きがなく時折変な方に眼をやったりしてキョロキョロしている有り様でした。
 2回目は子どもと健康という題で「発熱と熱性けいれん」について話をすることにしました。これについてはいつもお母さん方にいつも話していますので1回目よりは落ち着いてできるだろうと思っていたのですが、これが大きな間違いで録画撮りに3回も失敗してしまいました。ビデオ取りは午後1時45分から行われたのですが3回も失敗すると時間も3時近くなり、午後の診療開始時間3時が気になりだし自分の作った原稿なのに何を言っているのかわからなくなり一時パニック状態に陥りました。司会の女性アナウンサー「下を見て原稿を読んでも画面ではあまり気になりませんよ」との一言でやっと落ち着き収録を済ませた有り様で満足できるものではありませんでしたが一応「OK]が出てやれやれといった状態で帰ってきました。診療所に着くとすでに4時を越えており多くの患者さんにご迷惑をかけてしまいました。急いで診療を開始したのですが、後でドーランを落とすのを忘れているのに気づき大変恥ずかしい経験をしました。
 最後にテレビ局のスタッフのご指導に感謝します。


3.最近気になる事

診察室での子どもを診ていて気になることで、人に会ったり別れたりするときの交わす言葉や動作としての挨拶をしない・できない子どもが増えたように感じます。診察室に入ってくる際に自分から挨拶をする子どもは可愛いものです。その保護者は一般的にいってよく挨拶をします。こちらから声をかけても挨拶しない子や視線を合わさない子もいます。恥ずかしがりや人見知りのためでしょうか。待合で名前を呼んでも返事をしない親御さんも増えているように感じます。このような違いはどこから来るのでしょう。

生後間もない赤ちゃんの能力を示す例として、赤ちゃんの目の前で母親が舌を出すなどの動作をした場合に赤ちゃんも同じ動作をまねることができるというのがあります。新生児の模倣動作ですが、どうしてこのような動作をするのかわかっていません。

最近の認知神経科学的研究から提唱されている「ミラーシステム」という概念があります。ミラーシステムとは、自分がある運動をする場合と、他人がその運動をしているのを見る場合の両方で、同じように活動する神経群があるということです。すなわち、運動の発生とその運動の認識に同じ神経システムが関与しているというものです。ミラーという表現は他者の行為を「なぞる」という意味合いから用いられています。人がある動作を認知する際にそれを自分自身の行う運動パターンを基に理解するもので、ある動作を見た場合にそれと同じ動作を頭の中で「なぞるシステム」があるというものです。このシステムは言葉の獲得や共感・コミュニケーションの発達に密接に関係するといわれています。

この考えからすると新生児の模倣動作は赤ちゃんが母親の動作を認知する際に頭の中に同じ動作の活動が起こり、それを行動に写しているのかもしれません。親が怒った表情を見せると、子どもの頭の中にも自分が怒っている神経の活動が作られ、また親が微笑めば、子どもの頭の中でも微笑むという状況が作られるとも考えられます。そうだとすれば、子育てにはバランスの良いイメージを与えることが必要で、子どもは行動の手本を大人の振る舞いから、特に親から学ぶことになります。

最初に述べました挨拶の問題なども、このような親と子の関係が子どもの(しつけ)大きな影響を与えてい考えられます。皇太子さんの育児談話の中で紹介されたドロシ−・ロ−・ノルトの育児書「子どもが育つ魔法の言葉」の中の子どもは親の鏡」という詩にも親の振る舞いについての注意事項を挙げています。

家庭をつくるということは一種の公共的な活動であるという意識が希薄になっています。子どもを作った以上その子をしっかり育てるということが社会的な立場に直結する。そういうことがこの国では失われてきているのではないでしょうか。

「子どもは大人の振る舞いから学ぶ」はありきたりの言葉ですが、子どもの子育ちの手本となるような振る舞いを大人として行いたいものです。

4.天空のバラ園(ちっとおおげざ)

余暇に屋上でバラの鉢栽培を始め、最初は1本でしたが、毎年少しずつ増え現在100株ほどになりました。ヨーロッパ旅行の際に立寄ったパリのバガテル公園ロンドンのキューガーデンで見たバラ園に魅了されたことがバラ栽培のきっかけです。この10年で知ったバラの病気や害虫への対処法の他にバラの雑学も少し増えましたので少し紹介させてください。
 それから5月から7月にまた10月から11月に診療所の玄関や診察室にバラの切り花を飾っていますので見てやってください。

 バラが地球上に現れたのは5000万年以前と言われ、種類も多く、バラの歴史はとても古いものです。歴史上初めて登場したバラは、紀元前2000年紀初頭「花の香りを嗅ぐ女神」(ルーブル美術館所蔵)が手に持っているバラとされていますが、その女神のポーズは孫娘が両手で持って花の香りを嗅ぐ時のポーズと同じで面白いものです。
 
 バラ
は、種類も多く25千種以上もあるといわれています。大きく分けると「オールドローズ」と「モダンローズ」とに分けられ、 オールドローズは、野生のバラも含めて、1867年(パリ万国博覧会)以前に作られたものをさします。ヨーロッパの庭園で栽培されていたオールドローズは、切花としてではなく、つるや茎まで、バラ全体の姿を楽しむものでした。 モダンローズは、ラ・フランスをはじめとして1867年以降に作られたバラで、1年に1度しか咲かないオールドローズと違い、長く花を楽しむことができる四季咲きが多いというのが大きな特徴です。

丈夫で育てやすいモダンローズの中でも、色々な系統があり、代表的なものは、ハイブリッドティー系です。四季咲きで大輪の花をつけ、種類は豊富で、5月から12月頃まで花を咲かせます。花壇の演出に最適なのは、フロリバンダ゙系です。 四季咲きでの中輪の花をつけるバラで、色や形は多種多様です。バラには一重のものから八重咲きのものまであり、現在のバラは観賞用に品種改良され、おしべが花びらに変わったものです。その証拠に、原種(花弁が少なくおしべが多い)も現在のバラも、花びらとおしべの数を足すと、どちらも180前後でほぼ同じということです。

 最近、人気があるのは、イングリッシュローズでオールドローズとモダンローズの交配によって生まれたものです。両者の良い部分を受け継いでおり、オールドローズの古典的な花の形と良い香り、モダンローズの多彩な花色があるが、若干高価なことが難点です。
シャンソン歌手エディット・ピアフの名曲に「La Vie En Rose(バラ色の人生)」というのがあります。このバラ色とはどんな色かな?と考えてしまいました。フランス語で「Rose」というと赤と白の間を意味し、「Rose」がピンク系色の総称のようです。ピンク色のワインが「ロゼRose」と呼ばれるのも、これで合点がいきますね。
ピンク色が女性ホルモンの分泌をうながす若返りの色として注目を集めたり、さまざまな生活のシーンのなかに積極的に取り入れられ、好きな色の上位にランクされるようになったのは、ごく最近になってからのことのようです.

 バラの花の色は、中世にはキリスト教との関係で赤と白が主流でしたが、現在では赤、白、黄、オレンジ、ピンクと多彩です。しかし本当の青色のバラはありません。
 花の色は、主に赤の「シアニジン」、オレンジ色の「ペラルゴニジン」、青の「デルフィニジン」という成分の含有量により決まります。そして黄色のフラボン、フラボノール。これらの色素のもとになる化合物(アントシアニン)は同じですが、植物が持つ酵素の働きにより、実際にどの成分が合成されるかで色が決まります。従来種のバラは、デルフィニジンを合成するために必要な青色酵素を持たないため、青いバラは存在しませんでした。最近、サントリーで青色のバラが開発されました。青色酵素の遺伝子をパンジー(三色すみれ)の青い花から抽出して、従来種のバラに組み込むことで、花びらにデルフィニジンを含む「青いバラ」が出来たということです。来年には発売されるとのことで楽しみにしていますが、きっと高価なものになるでしょう。

 バラの花には、540以上の香り成分を含んでおり、種類によって多種多様で、ほとんどがベンゼン環化合物とペンテル化合物の形をもっています。前述の「花の香りを嗅ぐ女神」が手にしたバラはロサ・ガリカとされ、その子孫がロサ・ダマスセナで香りがきわめて強く現在のブルガリアを中心に香水原料として栽培されています。その後、古代バラから現代バラまで香りの遺伝子は連綿と伝えられ現在に至ります。

バラの香りも分類すると@ダマスク・クラシック(オールドローズや原種に多い香りで、甘く華やかな古典的な香り:芳純、セシルブルナー)Aダマスク・モダン(ダマスク・クラシックの香りがより洗練され、情熱的になったもの:パパメイアン、ネージュパルファム)Bティー(紅茶に似た香り。中国系のバラにルーツを持つ上品で優雅な香り:桜鏡、ジオラマ)Cフルーティー(ピーチやアプリコットなどを連想させる爽やかで瑞々しい香り:ダブルディライト、ドゥフトボルゲ)Dブルー(ダマスク・モダンとティーの香りが混在する青系のバラに特有の香り:ブルームーン、シャルルドォゴール)Eスパイシー(ダマスク・クラシックに刺激的なクローブの香りが混ざったような香り:ハマナシ、デンテーベス)Fミラル(ダマスク・モダンやティーにフェンネルの香りが混じる:イングリッシュローズ特有の香り)の7つに分けられるようです。蓬田勝之氏が世界で初めてバラの香りをこの7タイプに分類したということです。
バラの香りはヨーロッパでは古くから女性たちに親しまれてきました。香りは鼻から体内に入った微量の揮発性成分(香り成分)はいずれ脳に到達します。まずは感情や記憶を司る大脳辺緑系に、続けて自律神経や免疫、ホルモン系をコントロールする視床下部に影響を与えます。バラの香りの効能は体のケアやリラックス効果や記憶に良いといわれています。

 バラのトゲは厄介なものでが、引っ掻き傷が絶えません。トゲと香りには関係があると昔から信じられ
、「バラにトゲがなければ、香りはない」とか「きついトゲを持っているバラはよい香りのする」とかいわれてきました。確かにトゲが殆どないモッコウバラやスプリングパル(春霞)、群星などの香りは淡い傾向にはあるようです。「香りのないバラは笑わない美人」とも言われるように、香りのあるバラはやはり人気があります。ということでとげのきついバラが多くなっています。「美しいバラにはトゲがある」との例えも意味が深く、男なら刺されてみたい気もするのもあながち否定できないのではないでしょうか?


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